「オープンダイアログカレッジ2026」の最終回講義が開催されました。テーマは「訪問看護におけるオープンダイアログの可能性」。
オープンダイアログに関する数々の書籍を執筆されている森川すいめい氏と、当事業所の小瀬古が登壇し、訪問看護の現場で「対話的アプローチ」をどのように活かしていくのかについて話をさせていただきました。
1. オープンダイアログの基本原則と「専門職の鎧」を脱ぐ関わり
オープンダイアログカレッジでは、多様な専門家を招き、対話的実践をそれぞれの現場に持ち帰ることを目的としています。本講義では、訪問看護における対話の基盤となる重要概念が示されました。
多声性(ポリフォニー)の尊重と安全な場づくり
対話の場では「すべての声(意見や感情)に意味がある」という多声性(ポリフォニー)の尊重が前提となります。支援者と利用者が互いに安心して声を出し合える「安全な場の創出」が不可欠です。
「本人がいないところで本人の話をしない」
オープンダイアログの象徴的な理念です。現場ではこの原則に基づき、以下のような実践的な工夫が共有されました。
- 初回面接の工夫: 主治医の診察時に同席する形で実施する。
- 透明性のある情報共有: 看護師同士の引き継ぎや報告を、利用者の目の前で行う。
ノーアセスメント・ノージャッジメント
支援者が一方的に評価・判断(アセスメント・ジャッジメント)するのではなく、相手の言葉をそのまま受け止め、共に考える姿勢です。この「評価しない姿勢」を通し、利用者から「一人の人間として向き合ってくれた」と感じてもらえる信頼関係が生まれます。
専門職の「鎧」を脱ぐ
専門職としての役割や「正しい指示を出さなければならない」という公式的な対応を手放し、生身の人間として関わることの重要性が語られました。最初は戸惑いや不安を伴うものの、不確実性を受容して生身で関わることで関係性が深まり、結果として支援者自身も肩の力が抜けて楽になるというプロセスが共有されました。
2. 訪問看護における実践例と制度・運用上の課題
対話的アプローチを日本の訪問看護現場に導入する上では、特有の制度構造や運用の壁が存在します。
■ 制度・運用面の課題
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保険点数と収益構造の不一致:
複数名での訪問には加算がつくものの、事業所全体の売上を考慮すると一人ずつ訪問する方が効率的になりやすい財務構造があります。また、クリニック併設型の「みなし訪問看護」は評価点数が低く、多職種同行によってさらに点数が下がるなど、チーム訪問を後押ししにくい制度設計が課題として挙げられました。 -
慢性的な人員不足:
全国の訪問看護ステーションの多くは小規模(スタッフ10人以下)であり、慢性的な看護師不足が複数名訪問のシフト編成を難しくしています。
【具体的な実践のアプローチ】
課題がありながらも、現場では以下のような柔軟な取り組みが行われています。
● 「雑談」を中心とした対話
常に病状や問題点に焦点を当てるのではなく、利用者がその時話したい雑談を中心に時間を共有します。この一見非効率に見える時間が安心感を生み、結果として再入院の回避や入院間隔の延伸につながる事例が報告されています。
● 主治医への報告書の透明性確保
報告書を提出する前に必ず利用者本人に内容を確認してもらい、認識のすり合わせを行います。本人の言葉や思いが反映された報告書を作成することで、利用者と主治医との関係性向上にも寄与します。
● 他機関との柔軟な連携
就労支援などの面談へ看護師が同行したり、自宅に地域の専門家を集めてミーティングを重ねるなど、関係性が構築できるまで丁寧に引き継ぎを行います。
● リフレクティングと「実験精神」
新しい関わりを「失敗」ではなく「プロセスにおける実験」と捉えるマインドセットが強調されました。複数名訪問の際にスタッフ同士が本人の前で対話する「リフレクティング」を試行するなど、小規模な実験を重ねることが推奨されています。
3. 対話的アプローチの理論的背景と心構え
アセスメント・診断名との向き合い方
「アセスメント」という言葉が持つ権威性への注意が促されました。評価は相手を分類・判断するためではなく、「より良いアプローチを共に見つけるため」に使われるべきです。
診断名についても、本人の自己理解に役立つ側面はあるものの、「その人がどのような苦しさを抱えているか」は直接対話を重ねなければ分からないという点が確認されました。
ユーモアと「真に受けない」姿勢
状況が硬直している時ほど、言葉を多面的に受け止める「ユーモア」や、良い意味で「真に受けない」心の余白が必要です。精神医療の緊張しやすい場面において、このゆとりが場を和ませます。
「必ず回復する」と信じること
オープンダイアログの発祥地であるフィンランド・ケロプダス病院の実践では、支援者側が「相手は必ず回復する」と信じ続ける姿勢が大きな力になっていました。支援者側の思い込みや諦めを排し、本人の回復力を信じ抜くことが支援の軸となります。
おわりに
オープンダイアログは単なる手法ではなく、人との関わり方そのものを見つめ直す思想です。現場の状況や文脈に合わせて、できるところから小さく取り入れていくことが大切だと感じました。
今後も地域医療・訪問看護の現場において、利用者様一人ひとりの「声」に耳を傾ける対話的実践を追求してまいります。